眼鏡橋【国指定重要文化財】
長崎で一番有名な橋「眼鏡橋」は、わが国最古の石造りアーチ橋です。栄町と諏訪町を繋ぐ石橋で、中島川の第10橋。橋長22m、幅3.65m、川面までの高さは5.46mで、東京の「日本橋」、山口の「錦帯橋」と並び、日本三名橋に数えられます。昭和35年(1960年)に国の重要文化財に指定されました。
最初の橋は、寛永11年(1634年)に興福寺第二代住職で唐僧の黙子如定によって架設されました。黙子禅師は、中国江西省昌府建昌県の人で、寛永9年(1632年)に日本に渡来しました。石橋を架ける技術指導者でもあったようです。眼鏡橋の袂に、黙子如定の像が立っています。
最初の眼鏡橋は、正保4年(1647年)6月の洪水で損害を受け、慶安元年(1684年)に平戸好夢によって修復がなされました。それ以後、度重なる洪水にも流出はまぬがれてきましたが、昭和57年(1982年)の長崎大水害で大きな被害を受け、翌年に復元され、現在に至っています。
川面に映るその姿から、古来より ❝めがね橋❞ の名で長崎の人たちに親しまれていましたが、明治15年(1882年)に正式に「眼鏡橋」と命名されました。
中島川河畔には遊歩道が設けられており、眼鏡橋周辺一帯は水際を散策できます。
眼鏡橋付近の中島川護岸には、ハートストーンが設置されており、撮影スポットとして人気です。ハートストーンは人工的に設置されたものですが、お賽銭的な価値観からか、観光客がお金を置いていくようになったため、令和6年(2024年)にコンクリートですき間を埋めたのだそうです。その為、以前より不自然なハートストーンになってしまいました。
眼鏡橋近くの記念碑
近藤昶次郎 (近藤長次郎) 顕彰碑

近藤昶次郎 (近藤長次郎)は、亀山社中のメンバーで、船の買い付け交渉などで活躍し、薩長同盟成立に貢献しました。しかしながら密航計画が発覚し、切腹という非業の死を遂げました。
水害復興と友好の記念碑

昭和57年7月23日の長崎大水害伝承碑です。不思議な能力を持った伝説上の中国の少年と元気な日本の少女が力を合わせて、風を呼び雨を呼ぶ巨大な龍を従わせている姿で、治水と日中の友好を象徴しています。
最終訪問日:2026.02.18.
魚市橋 アクセス
| 名称 | 眼鏡橋 |
| 住所 | 長崎県長崎市魚の町 |
| TEL | |
| URL |
近隣スポット
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