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戦争遺跡・遺構

戦争遺跡・遺構

母智丘のトーチカ

母智丘のトーチカ都城市の「母智丘もちお公園」は、約2km続く桜並木で知られる桜の名所です。その母智丘公園への入り口付近に、「戦跡 トーチカ跡入口」という目印があり、コンクリート製の陣地である「トーチカ」跡が残っています。当時はこの他にも横市...
戦争遺跡・遺構

高居地下壕

高居地下壕高居地下壕 は、空襲に備えるために駅館川(やっかんがわ)東岸の崖面に掘られた多数の横穴壕です。昭和20年(1945年)2月以降に掘削工事が始まり、4月に宇佐海軍航空隊が壊滅的な空襲を受けたことで、指令部や病室、弾薬庫などを横穴壕に...
戦争遺跡・遺構

下原口公園の掩体壕

下原口公園の掩体壕掩体壕 とは、戦闘機などを敵の攻撃から守るために建設された格納庫で、コンクリート製でかまぼこ型の物が多いです。防護能力を高めるため、基本的に1機ずつ分散して格納していました。長崎県大村市にはかつて、旧日本軍の第21海軍航空...
戦争遺跡・遺構

爆弾池(宇佐海軍航空隊の戦争遺構)

爆弾池昭和20年(1945年)4月21日、米軍の爆撃機B-29が初めて宇佐に飛来した際にできた爆弾の痕です。宇佐には同年3月18日に米軍艦載機による空襲が始まり、B-29での爆撃はこの日が初めてでした。この空襲で、米軍は11分間に136トン...
戦争遺跡・遺構

回天訓練基地跡

回天訓練基地跡山口県周南市の「大津島」は、太平洋戦争末期に日本海軍の特攻兵器である人間魚雷「回天」の最初の訓練基地が設置され、若い兵士たちが厳しい訓練に励み、祖国を守るために出撃して行ったところです。大津島の南部・馬島には今でも、回天の訓練...
戦争・軍事関連・平和

旧陸軍新田原飛行場掩体壕(新田原基地横の掩体壕)

旧陸軍新田原飛行場掩体壕(新田原基地横の掩体壕)新田原基地横の掩体壕(仮称:1号基)宮崎県新富町の新田原にゅうたばる基地は、1940年(昭和15年)、大日本帝国陸軍航空部隊の新田原陸軍飛行場として建設されました。付近に戦時中に作られた掩体壕...
戦争遺跡・遺構

耐弾式コンクリート造建物(宇佐海軍航空隊の遺構)

耐弾式コンクリート造建物(半地下式コンクリート造建物)「受信所」あるいは「配水施設」といわれている半地下式のコンクリート造り建物です。防弾効果を上げるため、内部は一段掘り下げられて、外壁の厚さが45cmと頑丈な造りになっています。コンクリー...
戦争遺跡・遺構

電信室跡(宇佐海軍航空隊の遺構)

電信室跡宇佐海軍航空隊の「落下傘整備所」や「耐弾式コンクリート造建物」より南側、田園を走る農道沿いに「電信室跡」があります。丁度、宇佐海軍航空隊の敷地とされていた場所の境目辺りです。ここは民有地であり、保存整備がされていません。宇佐海軍航空...
戦争遺跡・遺構

長崎県防空本部跡(立山防空壕)

長崎県防空本部跡(立山防空壕)長崎県防空本部跡(立山防空壕)は、長崎駅の東方約1kmの位置、長崎公園の崖下に作られた横穴式コンクリートの地下壕です。太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)3月に完成した、長崎県防空本部と、防空監視隊本部が置...
戦争遺跡・遺構

旧陸軍大刀洗飛行場の掩体壕

旧陸軍大刀洗飛行場の掩体壕現在の福岡県三井郡大刀洗町、朝倉郡筑前町と朝倉市にまたがる地域には、かつて東洋一と言われた日本陸軍の飛行場「大刀洗飛行場」がありました。大正8年(1919年)に誕生し、終戦間近の昭和20年(1945年)まで存在した...