常盤橋 ☞「常盤橋」のページはコチラ
「常盤橋」の最初の架橋は、延宝7年(1679年)に唐商人・魏之琰による石橋でした。その後、享和3年(1803年)に石橋、大正元年(1912年)に鉄筋コンクリート橋(RC橋)、平成13年(2001年)に現在のRC橋に架橋されました。
昭和20年(1945年)8月9日に投下された原子爆弾の、「原子爆弾投下照準点」が常盤橋から賑橋の辺りだったことが分かっています。元々、福岡県北九州市が第一目標だったのですが、視界不良で長崎に変更され、その投下目標がこの辺りだったのです。実際には北西に3.4キロ離れた松山町の上空でさく裂しました。
❖ サンアウグスティン教会跡
サン・アウグスティン教会は、慶長17年(1612年)にエルナンド・アラヤ神父がアウグスチノ会本部教会として、中島川沿い、常盤橋のたもとのこの地に建てたとされています。ここから現在の観光通りあたりまでが、ほぼ教会司牧地(司祭が管理する地)でしたが、慶長19年(1614年)11月9日、禁教令により破壊されました。
萬橋
「萬橋(万橋)」は、中島川の下流に架かるRC橋のひとつで、長崎市電5号系統が中島川を斜めに横切る辺りにあります(長崎市電「めがね橋」-「浜町アーケード」間)。
最初の架橋は、延宝6年(1678年)に、京都の金屋善右衛門が贖罪のため架けたと言われています。その贖罪は、酒に酔った丸山乙名(遊郭のあった丸山町の地役人)が、金屋善右衛門の下人に暴力を振るったところ、反撃されて命を落としてしまった。その裁きで、殺人を犯した下人は斬首刑に、その主人である金屋善右衛門も過料として石橋を架けることを命じられたと言われています。
現在の萬橋は、環境デザイン部門でグッドデザイン賞を受賞しています。
❖ 恵美須神社
中島川に架かる「賑橋」の袂にお祀りされている小さな神社です。中島川、長崎市電、公会堂前通りが交わる辺りに鎮座しており、とっても境内が狭い神社です。
少なくとも寛文6年(1666年)より前に鎮座されたと考えられています。賑町はかつて魚市場として栄えており、豊漁・商売繁盛の神様として崇拝されました。
鉄橋
「鉄橋」は、中島川の下流に架かるRC橋のひとつで、浜町アーケードの西側入口に架かる橋で、国道324号の一部です。
初代の橋は、慶応4年(1868年)に架けられた、日本で最初の鉄橋と言われています。鉄橋架橋以前は木橋が架けられていましたが、水害により幾度となく流出していました。
現在の橋は、平成2年(1990年)に架け替えられた3代目の橋です。
最終訪問日:2026.02.18.
恵美須神社 アクセス
| 名称 | 恵美須神社 |
| 住所 | 長崎県長崎市賑町9 |
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