長崎新地中華街
長崎新地中華街 は、長崎市新地町にある中華街であり、横浜中華街、神戸南京町とともに日本三大中華街と称されます。この場所は新地という名が示す通り、元禄15年(1702年)、新しく海を埋め立ててできた人工島です。
その昔、江戸幕府による鎖国政策により、来崎した中国人は唐人屋敷と呼ばれる中国人居住区(現在の唐人屋敷跡)に隔離されていました。江戸時代中期には、中国からの貿易品の倉庫を建てるために、唐人屋敷の隣接地を埋め立てて、現在の新地町を作りました。
安政6年(1859年)の長崎港開港により鎖国時代が終わると、幕末から明治初期に唐人屋敷は廃止され、在住中国人は隣接の長崎市新地町に移り住み、リトルチャイナを形成しました。
現在は中華街の四方には中華門が建てられ、東西、南北あわせて約250mの十字路に、長崎名物ちゃんぽん・皿うどんをはじめとした長崎中華が味わえる中華料理店をはじめ、中国菓子や中国雑貨など約40店舗が軒を連ねています。
今では長崎の冬の風物詩となった「長崎ランタンフェスティバル」は、もともとは新地中華街周辺に住む華僑の方々が、中国の旧正月を祝う「春節祭」を行っていたことが始まりです。
今では長崎市中心部に約15,000個のランタンが灯り、大規模オブジェも沢山飾られる一大イベントですが、その発祥の地である新地中華街から、メイン会場となる「湊公園」までは、期間中は沢山の人でごった返しています。
最終訪問日:2026.02.18.
湊公園周辺と長崎新地中華街
湊公園は写真のようにかつて長崎港へと続く河口だった所で、昭和初期に埋め立てられ、昭和32年(1957年)に公園として整備されました。 現在は、中国の旧正月にあわせて開催される冬の風物詩・長崎ランタンフェスティバルのメイン会場としても利用されています。 写真中央の建物はつりがね堂薬局で、当時は、商標の釣鐘を船やリヤカーに載せて行商していたそうで、この付近には小船が停泊していました。 長崎新地中華街一帯は江戸時代「新地蔵所(しんちくらしょ)」と呼ばれた場所で、唐船の荷物を収納する土蔵があり、南側(現・湊公園側)には 荷物の荷役に際して開かれる4つの水門がありました。〖長崎さるく案内板より転記〗
長崎新地中華街 アクセス
| 名称 | 長崎新地中華街 |
| 住所 | 長崎県長崎市新地町 |
| TEL | |
| URL | https://www.nagasaki-chinatown.com/ |
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