天后堂(長崎市指定史跡)
唐人屋敷は、徳川幕府が鎖国対策の一つとして、現在の館内町に設置した唐人の居住地であり、元禄2年(1689年)に完成しました。この「天后堂」の創立は、元文元年(1736年)で、唐人屋敷に居住していた南京地方の人々が、航海安全を祈願し、海の女神で天后聖母とも呼ばれる媽祖さまを祀ったのが起源といわれています。寛政2年(1790年)に重修し、明治39年(1906年)に改築し、現在に至っています。
天后堂では、媽祖さまの横に関帝も併祀しています。
媽祖さまは、宋の時代、960年3月23日に、中国福建省の湄洲島という小さな島で生まれました。
幼少期から聡明で、17歳の時には暴風で転覆した船の乗組員を助け、19歳の時には遭難した父を夢の中で抱きかかえて助けたと云われています。
23歳のときに、湄洲の桃花山に棲む妖怪の水精(順風耳)、金精(千里眼)を家来にし、海上を守る仕事の一端を担わせました。
28歳のときに、人々を救うため海上を歩き、湄山に登って神になったと云われ、航海の神様として祭られました。
皇帝から天后の称号を授けられ、中国三大神の一人と数えられます。
関聖帝君は、西暦200年前後の後漢、三国時代にかけて活躍した実在の武将です。姓は関、名は羽、字を雲長といいます。
関羽は忠義に厚く、また、塩の密売に関わっていたとも言われ、蓄財にもたけていたという伝承から、金儲けや商売繁盛の神として信仰されています。
その為、世界中に華僑が散らばっていったときに、商売が繁盛するように居住区に関帝廟を建てました。
最終訪問日:2026.02.18.
天后堂 アクセス
| 名称 | 天后堂 |
| 住所 | 長崎県長崎市館内町18-5 |
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