天満坂(大音寺坂)
中央公園にほど近い場所にある「天満坂」は、「大音寺坂」や「けんか坂」とも呼ばれる石段です。長崎地方検察庁と長崎地方法務局の間にあります。この石段の途中に立つ説明版には、「長崎喧嘩騒動発端の地」と書かれています。その騒動とは・・・
元禄13年(1701年)12月19日のこと、佐賀鍋島藩深堀領の武士・三右衛門と武右衛門が、この坂で、祝い酒に酔った町年寄の高木家一行と出くわします。大雪で路地が悪かったことから、三右衛門が石段で躓き、高木家の仲間・又助に泥を跳ねかけてしまいました。
その場は収まったのですが、夕暮れ時に又助らは徒党を組んで深堀の武家屋敷に押しかけて乱暴を働き、両名の刀を奪い去ってしまいました。
三右衛門と武右衛門は武士の命とも言える刀を取られるという恥辱を受け、切腹する他なく、差替の刀を取りに仲間を走らせました。それを知った深堀藩士たちは、翌日未明、高木家へ討ち入り、高木彦右衛門以下6名を殺害しました。そして、三右衛門は屋敷で、武右衛門は今の鉄橋で切腹しました。
これは、赤穂浪士討ち入りの1年前の事件で、赤穂浪士はこの深堀藩士の行動をお手本にしたと伝えられています。
そんな喧嘩騒動があったところなので「けんか坂」、キリスト教の施設・ミゼリコルディア本部の跡に大音寺が建てられたため「大音寺坂」、また大音寺が移転後、坂上天満宮ができたので「天満坂」と呼ばれます。
この石段を上ったところに「ミゼリコルディア本部跡」の石碑があります。
ミゼリコルディア本部跡
ミゼリコルディア教会は、大正11年(1583年)に日本人キリシタンのジュスティーノが建てました。ここにはキリスト教思想による病院と孤児・老人施設があり、「慈悲屋」と呼ばれて後世まで語り継がれました。
慶長19年(1614年)のキリシタン弾圧後もこの施設だけは残されていましたが、元和5年(1619年)に姿を消しました。
今日の社会福祉施設の先駆けです。
最終訪問日:2026.02.18.
天満坂 アクセス
| 名称 | 坂上天満宮 (さかのうえてんまんぐう) |
| 住所 | 長崎県長崎市賑町3-2 |
| TEL | |
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