風頭山のふもと、寺町通りから崇福寺通りには、ほぼ横並びに2社15寺が並びます。長崎のお寺で有名なのが「興福寺」や「崇福寺」ですが、この2つのお寺を繋ぐ通りとその延長上に、幾つもの寺院が立ち並んでいます。
崇福寺 👉 詳しく見る
長崎で貿易を行っていた福建省福州出身の華僑の人々が中心となり、寛永6年(1629年)に福州から超然を招いて創建した黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院です。中国様式の寺院としては日本最古のものです。2つの国宝「大雄宝殿」「第一峰門」を始め、重要文化財など全21もの文化財を有しています。殿堂内の仏像仏具類は、いづれも中国人名匠の手によるものです。
大光寺 👉 詳しく見る
浄土真宗本願寺派の寺院です。崇福寺三門より約90m手前、崇福寺通りに山門があります。
慶長19年(1614年)に慶了が開創し、万治3年(1660年)に現在地へ移りました。以降、一度も火災にあうことなく、原爆の被害も余りなかったことで、長崎の貴重な木造建築とされています。
日本で最初に金属活字を鋳造し、「近代印刷の父」とされる長崎市出身の本木昌造のお墓や、小説「姿三四郎」のモデルと言われる西郷四郎のお墓があります。
晧台寺
曹洞宗の寺院で、山号は「海雲山」 慶長13年(1608年)、備前国松浦郡山口村(佐世保市相浦町)飯盛山洪徳寺の七世であった亀翁良鶴が創建しました。はじめは洪泰寺と称し岩原郷にありましたが、寛永3年(1626年)に寺町に移り、晧台寺と改称。
シーボルトの娘・楠本イネや、坂本龍馬の片腕だった近藤長次郎のお墓があります。
大音寺 👉 詳しく見る
慶長19年(1614年)、伝誉関徹の開山により創建、寛永年間に現在地へ移転しました。延宝2年(1674年)に歴代将軍の位牌を祀る御霊屋が建立されるなど、長崎三大寺院のひとつとして格式高いものでした。江戸時代には幕府からも朱印状を与えられて隆盛しました。
昭和20年(1945年)の原爆により大きな被害を受け、昭和34年(1959年)の火災により本堂などを焼失。境内には長崎市指定史跡である長崎奉行・松平図書頭(まつだいらずしょのかみ)の墓所や、市指定天然記念物のクロガネモチやイチョウがあります。
長照寺 👉 詳しく見る
日蓮宗の寺院で、山号は「光栄山」です。
寛永8年(1631年)に幕府の命令で寺町通りに各宗がそれぞれ一寺を建立したときに、日蓮宗では「長照寺」を建てました。
開山の本通院日与上人は、熊本本妙寺開創した日真上人のお弟子さんです。
裏山には江戸期の博物学者の西川如見のお墓があります。
延命寺
真言宗の寺院で、山号は「医王山」。 元和2年(1616年)に、岡山から訪れた龍宣和尚が開創しました。御本尊である薬師如来像は、龍宣和尚が岡山から背負ってきたと伝えられています。山号からも分かる通り、疫病や健康への霊験あらたかなお寺として知られます。長崎を訪れていた龍宣和尚が、当時流行していた新種の疫病平癒のため祈祷を行ったところ、ご利益があったということで、長崎奉行の依頼によりこの地に常駐し、寺院を開いたと云われています。
最終訪問日:2026.02.18.
寺町通り~崇福寺通り アクセス
| 名称 | 寺町通り、崇福寺通り |
| 住所 | 長崎県長崎市鍛冶屋町、寺町、他 |
| TEL | |
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