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戦争遺構

戦争遺跡・遺構

宮崎市本郷地区掩体壕

宮崎市本郷地区掩体壕宮崎空港(宮崎ブーゲンビリア空港)周辺は、太平洋戦争中は大日本帝国海軍の航空基地でした。1943年に旧日本海軍赤江飛行場として建設されたのが始まりで、12月に練習航空隊として開隊、翌年からは前線基地として使用されました。...
戦争遺跡・遺構

宇佐の掩体壕群 / 城井一号掩体壕 / 中型掩体壕

城井地区の掩体壕群。城井地区には4つの掩体壕がある。この位置から3基の掩体壕が見える宇佐の掩体壕群宇佐には昭和14(1939)年に宇佐海軍航空隊が開隊され、艦上爆撃機、艦上攻撃機の搭乗員養成のため訓練が行われました。昭和20(1945)年に...
戦争・軍事関連・平和

大津島

徳山港。左手に回天のレプリカがある。右手に見える建物は、大分県とを結ぶ「周防灘フェリー」の営業所大津島山口県周南市の「大津島」は、徳山港から南西10kmに浮かぶ細長い島です。南北10km足らずの島で、島内には7つの集落があります。人口は約3...
戦争遺跡・遺構

陸軍空挺落下傘部隊の給水塔(唐瀬原の給水塔)

陸軍空挺落下傘部隊の給水塔(唐瀬原の給水塔)太平洋戦争開戦の年となる昭和16年(1941年)、宮崎県川南町に陸軍空挺落下傘部隊が創設されました。南方戦線での奇襲作戦に備えて創られた部隊で、町内に4連隊が創られました。川南町(当時は村)は、「...
戦争・軍事関連・平和

旧陸軍新田原飛行場掩体壕(新田原基地横の掩体壕)

旧陸軍新田原飛行場掩体壕(新田原基地横の掩体壕)新田原基地横の掩体壕(仮称:1号基)宮崎県新富町の新田原にゅうたばる基地は、1940年(昭和15年)、大日本帝国陸軍航空部隊の新田原陸軍飛行場として建設されました。付近に戦時中に作られた掩体壕...
戦争遺跡・遺構

六野原トーチカと木脇教育隊記念碑

六野原(むつのばる)トーチカと木脇教育隊記念碑宮崎県東諸県郡ひがしもろかたぐん国富町の六野原むつのばる台地には、昭和18年(1943年)11月に開校した、大刀洗陸軍飛行学校の分教場「木脇教育隊」がありました。昭和20年(1945年)5月まで...
戦争遺跡・遺構

旧佐伯海軍航空隊の掩体壕

旧佐伯海軍航空隊の掩体壕大分県佐伯市には、かつて佐伯海軍航空隊がありました。その遺構として、掩体壕が2基残っています。現在は「興人(株)」様の工場敷地内となっていますので、守衛さんにお願いして見せて頂きました。佐伯市のパンフレットにも掲載さ...
戦争遺跡・遺構

富高海軍航空隊の戦争遺跡

本土決戦が予想される中、沖縄は陥落されてはならない重要な砦であり、鹿児島・宮崎などの南九州は、沖縄防衛や特攻作戦のための重要な後方基地の役割を果たしました。その為、鹿児島・宮崎には多くの戦争遺跡が残されています。宮崎県日向市の財光寺地区には...
戦争遺跡・遺構

爆弾池(宇佐海軍航空隊の戦争遺構)

爆弾池昭和20年(1945年)4月21日、米軍の爆撃機B-29が初めて宇佐に飛来した際にできた爆弾の痕です。宇佐には同年3月18日に米軍艦載機による空襲が始まり、B-29での爆撃はこの日が初めてでした。この空襲で、米軍は11分間に136トン...
戦争遺跡・遺構

旧陸軍大刀洗飛行場の掩体壕

旧陸軍大刀洗飛行場の掩体壕現在の福岡県三井郡大刀洗町、朝倉郡筑前町と朝倉市にまたがる地域には、かつて東洋一と言われた日本陸軍の飛行場「大刀洗飛行場」がありました。大正8年(1919年)に誕生し、終戦間近の昭和20年(1945年)まで存在した...