
耶馬渓橋(オランダ橋)
耶馬渓橋は、大正9年(1920年)に着工し、大正12年(1923年)に竣工しました。耶馬渓が観光地として脚光を浴びた20世紀初頭に、観光道路及び生活道路の一部として架橋されました。また、軍事面で日出台への要路としての役目もありました。長崎県に多い石積み方式だったことから、通称オランダ橋とも呼ばれています。
架橋工事は地元の岩渕万吉氏が請け負い、地元の石工・石材を使い架橋されました。その工事費用は木曽地区の村山21人の共有林を売却した費用を当てたといい、まさに地元住民の力が合わさった橋なのです。
架橋以来、長年風水害に耐えてきた石橋ですが、昭和19年(1944年)の大洪水や、平成24年(2012年)の豪雨被害、令和5年(2023年)の豪雨災害など、度々災害に見舞われ、その度に復旧工事が行われて来ました。
| 橋長 | 116.0m |
| 最大支間 | 12.8m |
| 拱矢 | 3.0m |
| 請負者/岩渕万吉 石工/小池嘉十郎、鳥越七郎、仲幸蔵 |
荒瀬井堰(あらせいぜき)
荒瀬井堰(あらせいぜき) は、江戸時代の寛永年間から望まれていた山国川の水を導水する為の取水口で、貞享3年(1686年)に藩主小笠原長胤(ながたね)によって着工、3年後の元禄2年(1689年)に荒瀬井堰の本溝が完成、元禄10年(1698年)に荒瀬井堰及び枝溝までの水路が完成しました。
ここ本耶馬渓町樋田で山国川から取水し、約15kmの荒瀬井路(水路)によって下毛原と呼ばれる丘陵地約1,000haを灌漑していました。
300年以上経た現在も、三光・中津地域の一部への農業用水路として利用されています。
※井堰(いせき):川の水位を人為的に上昇させ、農業用水や生活用水を確保するために設けられる施設
当時この井路工事には莫大な費用が掛かり、藩の財政を圧迫しました。また、この位置で山国川の一部を堰き止める為、上流の水位が上がり、羅漢寺へ行くには競秀峰の高い岩壁に作られた鉄の鎖を命綱にした「鎖戸」の渡しを通ることとなりました。それを見て心を痛めた禅海和尚が手掘りで作ったのが「青の洞門」です。
最終訪問日:2025.04.12.
耶馬渓橋 アクセス
| 名称 | 耶馬渓橋 |
| 住所 | 大分県中津市本耶馬渓町曽木・樋田 |
| TEL | |
| URL |
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