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母智丘のトーチカ

母智丘のトーチカ

都城市の「母智丘もちお公園」は、約2km続く桜並木で知られる桜の名所です。その母智丘公園への入り口付近に、「戦跡 トーチカ跡入口」という目印があり、コンクリート製の陣地である「トーチカ」跡が残っています。当時はこの他にも横市川沿いに数か所設置されていましたが、現存しているのはこの一基のみです。ここから西飛行場を空爆する米軍機を迎撃していたと考えられています。
銃眼は3ヶ所、入口がひとつ設けられており、入口は塞がれていません。トーチカの上に田の神様が祀られていますが、これは戦後に祀られたものです。

母智丘のトーチカ
この立て札が目印。ここからあぜ道を進む
ここを入ると・・・
トーチカの上には田の神様が据えられている
少し小高い丘の上にあるトーチカ。防空監視哨として機能していたと思われる

トーチカは、コンクリート製の戦闘陣地で、内に機関銃などを備え、外敵の侵入を防ぐために造られたもので、ほとんど半地下式になっています。このトーチカも、昭和18年(1943年)に本土防衛の為に建設されました。
昭和19年(1944年)8月以降、旧陸軍航空隊が都城西飛行場を全面使用するに当たり、このトーチカも西飛行場の防衛施設として使われたと思われます。

田の神様が祀られている
入口は塞がれていない
銃眼は3ヶ所空いている

トーチカの上に鎮座する「田の神様」は、戦後に稲穂の成長を願って祀られたもので、眼下に広がる水田を見守り続けています。田の神様の背中に「天明二年(1782年)奉寄進」と彫られているので、別の場所にあった田の神様をトーチカの上に奉納したのでしょうか。
田の神は、旧薩摩藩領内に多く見られ、田の神信仰として藩独特の文化を形成しました。

天明二年(1782年)奉寄進と彫られる
母智丘トーチカ
トーチカ内部
玄々坊丘の説明版と馬頭観音
馬頭観音

トーチカ跡の近くには、ひとつの石碑が祀られています。
この丘は昔、玄々坊というお坊さんが住んでおり、家畜の伝染病が流行したときに、玄々坊がお祓いをしてそれを防いだと云い伝えられ、それ以来「玄々坊丘」と呼ばれています。この石碑は馬頭観音で、石碑の材質は母智丘公園展望台付近から採取した安山岩だと思われています。

最終訪問日:2025.04.15.

母智丘のトーチカ アクセス

 名称 母智丘のトーチカ
 住所 宮崎県都城市横市町6495
 TEL 
 URL   

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