立帰天満宮
「西公園」の南側入口より坂道を上り詰めると、右手に見える鳥居が「立帰天満宮」です。天満宮なので菅原道真公を祀る神社なのですが、地主神である山王神も併祀しています。
荒津山に鎮座するので、荒津山の菅原神社と呼ばれていましたが、島原の乱のときにここで祈願をして出陣した黒田武士が無事に立ち帰ったことから、文神のみならず武神でもあると信仰が深まり、それ以降、日本で唯一の「立帰天満宮」と呼ばれるようになりました。
御神体は元禄5年(1692年)に武蔵寺村(現・筑紫野市武蔵)で掘り出され、武蔵寺境内に祀られていました。元禄の末に武蔵寺本寺である荒津山山麓の源光院に遷され、その後現在地に祀られるようになりました。
境内は一の鳥居をくぐると下り宮。階段を下りて行くと、小さな境内の奥に社殿が、その手前に社務所があります。天神様(道真公)が愛した梅の花や、神使である神牛もあります。
学業の神様としての御神徳は勿論、航海、旅行、家出人、失せ物など、すべて無事立ち帰ることに霊験あらたかな神社です。
拝殿前には絵馬が奉納されていましたが、絵柄は招き猫。カエルじゃないのですね・・・
立帰天満宮の御朱印は、西公園にある「光雲神社」の社務所で頂けるそうです。
菅原道真を祭る神社です。社伝によれば、ご神体は元来、武蔵寺(筑紫野市)の境内に祭られていましたが、元禄年間(1688年~1703年)に荒津山の麓の源光院へ移されました。明治20年(1887年)福岡師範学校の建設に伴い、現在地へと移転しました。港近くに鎮座する当社は、その名称から旧藩時代には藩船の船乗りに信仰され、近代に入ってからも特に遠洋航海にでる漁業関係者の崇敬を集めました。戦時中には出征兵士の無事な帰還を願う人々が多く参詣したと伝わります。
立帰天満宮(たちかえり てんまんぐう)
菅原道真を主神とし、地主神たる山王神を併せ祀り、荒津山の菅原神社として内外の信仰を集めておりましたが、島原の乱の折、祈願をこめて出陣した黒田武士が無事に立ち帰ったことから、文神ばかりか武神でもあると信仰が一層深まり、それ以来日本で唯一の立帰天満宮と、尊崇をうけるようになりました。
縁起によれば御神体は菅公手作りの木像と伝えられ、元禄五年(1692年)筑前御笠郡武蔵寺村で掘り出されしばらく、森天神として武蔵寺境内に祀られていました。
元禄の末に武蔵寺の本寺たる荒津山麓の源光院内に御遷座、やがて現在の社に祀られるようになりました。
学業の神様たる御神徳は勿論のこと、航海、国内外旅行、家出人、失せ物など、すべて無事立ち帰ることに御神威を顕せられ霊験あらかたと、遠近の数多くの崇敬者に参拝いただいております。
所在 福岡市中央区西公園十番七号 鎮座
祭祀 月例祭 毎月二十五日(一月と八月を除く)
大祭 一月七日、七月二十五日
大師堂
立帰天満宮の社殿より左奥に進むと「大師堂」があります。
福岡市新四国第七十二番霊場で、弘法大使をはじめとする7つの石像と1つの木像をお祀りしています。
明治21年に谷町に祀られ、昭和36年にこの地に遷されたものです。
最終訪問日:2026.02.28.
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立帰天満宮 アクセス
| 名称 | 立帰天満宮 |
| 住所 | 福岡県福岡市中央区西公園10-7 |
| TEL | |
| URL | https://nishikouen.jp/ |
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