発動機試運転場(エンジン調整場)
航空機につける発動機(エンジン)の試運転や調整を行っていたと考えられる建物です。
内部にはエンジンを置いた土台が4基、エンジンを吊るして移動に使用した天井のレール跡、試運転時の目視や点検簿をつけるのに使った小部屋が2つ残されています。
南側の外壁に白い塗料で「△」の印が描かれており、「◯」が描かれた落下傘整備所等に次いで重要な建物だったと考えられます。(現在は民家側に立ち入れないため、「△」を見ることはできません)
当時は飛行場の外部から建物内部の様子を隠すことや、防音などを目的に、建物の北側約15mの位置に高い塀が建っていました。
最終訪問日:2025.04.12.
宇佐海軍航空隊について
宇佐海軍航空隊は、南北1.3km、東西1.2kmの飛行場として、昭和14年(1939年)10月1日に開隊しました。開隊当初は、艦上爆撃機・艦上攻撃機の実戦機を使った操縦と偵察の練習航空隊として、隊員数約800名で始まりました。宇佐空では2人乗りの「九九式艦上爆撃機」、3人乗りの「九七式艦上攻撃機」を主に用いて訓練を行いました。卒業後は実戦部隊に配属され、真珠湾攻撃などの作戦に参加しました。
しかし、戦局に敗色が濃くなってくると、昭和20年(1945年)1月頃から有蓋掩体壕が作られるようになり、2月11日には宮崎基地より神雷部隊の一部が転入してきます。神雷部隊は第721海軍航空隊の通称で、人間爆弾「桜花」による特別攻撃隊でした。その頃から練習航空隊ではなく実戦部隊となり、神風特別攻撃隊の中継基地となりました。宇佐海軍航空隊でも、神風特別攻撃隊である「八幡護皇隊」が編成され、沖縄の特攻作戦へ飛び立っていきました。
宇佐への空襲は、昭和20年(1945年)3月18日の米軍艦載機での空襲が初めてで、4月21日の米軍爆撃機B-29の空襲では航空隊が壊滅的な被害を受けました。宇佐への空襲は計10回行われ、航空関係者や民間人も含め多くの犠牲者が出ました。
発動機試運転場(エンジン調整場) アクセス
| 名称 | 発動機試運転場(エンジン調整場) |
| 住所 | 大分県宇佐市大字江須賀4097-2 |
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