オランダ坂(誠孝院前の坂)と東山手洋風住宅群
長崎市東山手町には、幕末から明治時代にかけて外国人居留地がありました。出島に住むオランダ人の影響から、当時の長崎の人は、東洋人以外の外国人を「オランダさん」と呼んでいたそうです。そのため「オランダさんが通る坂」という意味で、外国人居留地にある坂はすべて「オランダ坂」と呼ばれていました。
現在も、東山手地区には居留地時代の石畳の坂道「オランダ坂」が残り、煉瓦塀や石垣、明治時代の洋館など、異国情緒あふれる町並みが残されています。
現在、オランダ坂の名称は、長崎市公式観光サイトで「誠孝院前の坂」、「活水坂」、「活水学院下の坂」の三つの坂の総称となっています。
「長崎孔子廟」の裏手にあるオランダ坂が、「誠孝院前の坂」です。急傾斜のこの坂道は、最も古いオランダ坂と言われており、煉瓦造りの建物と煉瓦塀、石畳と石垣、そして明治時代の洋風住宅群と、異国情緒あふれる景観が楽しめます。
「オランダ坂」の石碑と「東山手洋風住宅群」の標識を目印にして、急傾斜地を上下2段にして、7棟の洋風住宅群が密接して建っています。明治20年代(1890年代)後半に社宅、または賃貸住宅としてまとめて建築された建物で、現在は「町並み保存センター」や「古写真資料館」として使われており、中の見学が可能です。
上段の3棟はカフェと「町並み保存センター」となっており、町並み保存センターは無料で見学可能です。下段の4棟は「古写真資料館」「埋蔵資料館」となっており、共通券100円で見学可能です。
「長崎市東山手伝統的建造物群保存地区」として、東山手、大浦町の一部約7.5haが国選定重要伝統的建造物群保存地区にも選ばれています。
☆長崎の外国人居留地☆
外国人居留地は、欧米諸国との修好通商条約の締結によって制度化され、長崎には大浦や浪の平の海岸を埋め立てて造成されました。居留地は日本の治外法権の地区で、外国人の自治領域でした。
慶応2年(1866年)には外国人居留地の造成がほぼ完成しており、居留地は、大浦地区、下が松地区、東山手地区、南山手地区、梅香崎地区、出島地区、新地・広馬場地区に分けられました。
平地である大浦、下り松、出島には領事館・商社・ホテル・工場などが多く、東山手・南山手などの山手には教会や個人住宅が建てられました。特に東山手には学校が多くありました。
居留地の制度は、明治32年(1899年)の条約改定で撤廃されました。
最終訪問日:2026.02.19.
東山手洋風住宅群 アクセス
| 名称 | 東山手洋風住宅群 |
| 住所 | 長崎県長崎市東山手町6-25 |
| TEL | 095-829-1177 |
| URL |
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